UTNL-W-0003J Section 2.3
2. 研究活動
2.3 核融合炉燃料工学研究部門

核融合炉燃料工学研究部門は、 昭和62年4月より10年の時限により設置された。 これは、 先行して昭和55年4月より昭和62年3月まで7年の時限により設置されていた 「原子炉化学反応工学」研究部門を転換し設置したものである。 本部門は、 核融合炉の燃料工学に関して、 早期に大学においての研究実施が強く求められている項目を重点的に行うことを 目的とした。 具体的には、 従来行われているトリチウム工学の基礎的研究から一段の飛躍を試み、 核融合炉諸技術の動向を展望しつつ、 燃料と材料の相互作用の解明、 ブランケットにおける燃料増殖材の開発とその特性評価、 核融合炉燃料サイクルの確立など、 核融合炉燃料工学技術の体系化を目標に掲げた。

部門開始当初の研究課題としては、 次の各テーマを掲げた。

さらに、当初からの研究課題の探究の過程から、 新しい研究課題が芽生え発展し、 あるいはスピンオフしてきた。 それらは以下の各テーマである。

各テーマに関する研究活動や成果の詳細については、 本報にて毎年報告してきたが、 そのエッセンスは、 「東京大学工学部附属原子力工学研究施設 核融合炉燃料工学研究部門 研究活動報告」 にまとめられている。

特に研究部門としての最終年度である平成8年度には、 本部門の研究成果報告を兼ねて、 8月21〜23日に水戸で「量子エネルギーシステムにおける界面効果」ワークショップ (International Workshop on Interfacial Effects in Quantum Engineering Systems; IEQES-96) を本部門主導で開催した。 10ケ国より150名程度の出席者を得て盛会であった。 なお、本ワークショップにおける108件の口頭ならびにポスター発表に関する 予稿集 (Book of Abstracts) が UTNL レポート (UTNL-R-0342) として 刊行されており、 審査を合格した投稿論文については、 Journal of Nuclear Materials の特集号(1997年9月1日発行予定)として 間もなく刊行されることになっている。

最後に、 本部門の研究活動の遂行は、 特に本研究施設の他の部門の理解と協力抜きにはあり得ないものであった。 また、東大原子力工学科(現システム量子工学科・専攻)の各講座をはじめとする 学内外の多くの方々のご協力もいただいた。 これらのご協力・ご厚意に深く感謝申し上げる。 本部門は、組織上は、 「ビーム物質相関研究部門」として発展的に継承されていくこととなるが、 従来の研究活動や精神については、 「山脇研究室」の中でさらに醸成され新しい展開が図られることになる。

[1] トリチウムビーム試験装置(TBTS)によるプラズマ-材料相互作用(PMI)の研究

山脇 道夫, 岡田 光正, 山口 憲司, 小野 双葉

DT 核融合炉の実現のため、 トリチウムを用いたプラズマ−材料相互作用(PMI)研究の重要性に鑑み、 実際にトリチウムを用いたイオン照射試験を行っている。 トリチウムビーム試験装置(TBTS)内に Mo の薄膜試料を装荷し、 トリチウムを含有する水素同位体イオンビームを室温で照射し、 昇温脱離法により水素同位体の保持量を評価した。 得られた軽水素あるいは重水素の昇温脱離スペクトルによると、 入射フルエンスが増大するにつれ、 昇温脱離ピークの数が 2 から 3 に増え、 また、高温側で出現するピークについては、 そのピーク位置が徐々に高温側にシフトすることがわかった。 トリチウムについても、 DT ならびに T について昇温脱離スペクトルを得ることができた。 さらに、昇温脱離法によって求められた保持量と入射フルエンスの関係から、 各水素同位体(軽水素ならびに重水素)について、 入射エネルギー 1.5 keV/(H, D) に対する粒子反射係数を評価した。

[2] 核融合プラズマ対向材における損耗・再付着現象の研究

松山 征嗣, 宮内 克己, 山口 憲司, 山脇 道夫

核融合対向壁とプラズマとの相互作用により発生する不純物の挙動の研究は、 主プラズマへの混入阻止および対向壁の寿命という観点から非常に重要である。 我々は以前に核融合の境界プラズマを模擬する 定常型プラズマ発生装置 MAP (Materials And Plasma) を用いて、 黒鉛、ほう素対向壁からスパッタされた炭素(C)、 ほう素(B)不純物のプラズマ中における輸送過程の相違を明らかにした。 また、 化学スパッタされた炭化水素のプラズマ中における温度分布を求め、 今後ダイバータにおいて採用される予定である、 いわゆる低温・高密度プラズマにおける、 水素分子と不純物分子とのエネルギー移行過程を評価した。 さらに、プラズマ中における質量分析を行い、 不純物分子イオン種の定量的検出を行うとともに、 それら不純物分子の輸送過程、 壁への付着過程のモデル化の研究を行いつつある。

[3] 核融合炉燃料粒子輸送ダイナミックスの律速過程に関する研究

大越 啓志郎, 菊島 理, 山口 憲司, 山脇 道夫

前年度に引続き、 水素透過の少ない高融点高Zプラズマ対向材料として注目される Mo 中での 重水素輸送に与える表面不純物の効果の解明のために、 表面不純物組成の異なる2つの試料に対して、 イオン駆動による重水素透過実験を行い、 オージェ電子分光法(AES)によって決定される表面不純物組成との関連を調査した。 実験では、 厚さ 0.1 mm、純度 99.95 % の試料を as-received の状態で 表面分析器付水素透過実験装置(HYPA-IV)内に装荷し、 入射エネルギー 3 keV、入射フラックス D m s の 重水素イオンを照射した。 試料温度範囲は 400〜1000 K とした。 2 つの試料の表面不純物組成は、AES によって、 C; 30 at%、S; 15 at%、O; 10 at% および S; 20〜33 at%、C; 10 at%、 O; 5 at%、であった。 さて、重水素透過実験の結果によれば、 2 つの試料いずれも、透過率のアレニウス・プロットは右下がりの直線状となり、 その最大値はそれぞれ 0.2 および 0.1 程度であった。 また、それぞれについて、 透過の見かけの活性化エネルギーは 42 及び 20〜23 kJ mol、 再結合速度係数の活性化エネルギーは 8.1 および 44〜51 kJ mol、 さらに、 解離吸着の活性化エネルギーは、41 および 61〜63 kJ mol と評価され、 表面不純物組成の違いに起因すると考えられる顕著な差異が確認された。

[4] 高温ケルビン計による固体増殖材料の仕事関数測定

鈴木 敦士, 荒井 長利 (日本原子力研究所), 山口 憲司, 山脇 道夫

核融合炉におけるトリチウム燃料サイクルを確立する上で、 スイープガス中の水素が固体増殖材表面に及ぼす効果を解明することは 非常に重要である。 本研究では、 これまでに開発してきた高温仕事関数測定装置(高温ケルビン計)を用いて、 雰囲気ガス組成変化による LiSiO における仕事関数変化を測定した。 ヘリウム・パージガスに水素を添加した際の仕事関数変化を検出し、 LiSiO 表面における水素・水蒸気の挙動について考察した。 さらに、 ヘリウム中における仕事関数の値が水素導入の履歴に依存したことから、 表面酸素不足層の存在が裏付けられた。

[5] 原子炉・核融合炉材料の蒸発熱力学;固体増殖材の蒸発挙動

鈴木 敦士, 安本 勝 (原子力研究総合センター), 山口 憲司, 山脇 道夫

核融合炉開発において、 固体増殖材からのトリチウム回収速度を増大させるために、 不活性スイープガスに添加される水素が Li を含む蒸気種の損失を助長することが 懸念されている。 このような観点から、雰囲気制御型高温質量分析計を用いて、 固体増殖材である LiTiO にD やDO を添加した時に起こる反応 (1)、(2) の標準反応エンタルヒー変化をそれぞれ、998.8 kJ/mol、438.2 kJ/mol と評価した。

また、D 添加時の Li 損失を数値計算により定量的に評価した。

[6] Study on fission product behavior by means of Knudsen effusion mass spectrometry as a fundamental study of severe accident simulation

黄 錦涛, 安本 勝 (原子力研究総合センター), 桜井 博司,
杉本 純 (日本原子力研究所), 小野 双葉, 山脇 道夫

Thermodynamic study on vaporization of CsUO and CsUO at high temperatures have been investigated by mass spectrometry since the two cesium uranates are believed as possible fission products in Cs-U-O system during irradiation of oxides fuel. It was found that Cs(g) was the dominant vapor species both over CsUO and over CsUO. Others such as UO(g), UO(g), CsO(g) and CsO(g) could also be detected but the partial vapor pressures of them were 2-4 orders lower than that of Cs(g). Some thermodynamic data of the CsUO and CsUO were evaluated based on our experimental results. A comparison of our data with the published data obtained by emf and calorimetric methods was made.

A new gas inlet system with which two kinds of gases can be introduced simultanely into the Knudsen cell from outside was built up to be combined to the high temperature Knudsen effusion mass spectrometer. By this way, the ability to control environmental atmosphere inside the Knudsen cell can be improved compared to the old gas inlet system that could only introduce one kind of gas at one time. For example, water vapor atmosphere can be produced by using a mixture gas of D(g) and O(g). Furthermore, the oxygen potential inside the Knudsen cell can be changed effectively by adjusting the ratio of inlet D and O.

To study the vaporization behaviors of these two cesium uranates under severe accident conditions of LWR, the effects of hydrogen atmosphere and water vapor atmosphere were investigated by introducing D or D+O mixture gas with the new mixture gas inlet system. It was found that Cs(g), CsOD(g) were the main vapor species both over CsUO and over CsUO when D or D+O was introduced into the Knudsen cell. The influence of water vapor or hydrogen on vaporization of CsUO was considerably large. For example, around 800 C, the pressure of Cs(g) increased one order compared with that without any D or DO gas inlet condition. That suggested Cs has higher probabilty to be released from its uranates fission products when severe accident occurs. While this effect on vaporization over CsUO was not so significant compared to the case of CsUO.

[7] 水素同位体貯蔵材としてのウラン合金の開発

伊藤 洋, 小野 双葉, 山口 憲司, 山脇 道夫

ウラン(U)は水素の吸蔵により微粉末となる。 また解離圧が低いという特性を有している。 この特性の改善のため、他の金属との合金を作製し、 その水素吸蔵特性の試験を行っている。 前年度はウランと水素をほとんど吸蔵しないマンガン(Mn)の金属間化合物を作製し、 その水素吸蔵特性を調べ、 金属間化合物の一つである UMn については解離圧の上昇を確認した。 今年度は Mn に代わり同様に水素を吸蔵しにくいニッケル(Ni)との金属間化合物を 作製し、 水素吸蔵試験を行った。 その結果、UMn と組成割合が等しい UNi について、 同様の結果が認められた。

U-Ni 系の金属間化合物には UNi のほかに UNi、UNi、UNi、 UNi といった金属間化合物が存在する。 これらは U に比べ Ni の割合が大きなもので、 1気圧までの水素吸蔵実験では水素の吸蔵は確認できなかった。 これらの水素吸蔵特性をより高い水素圧力で測定するため、 高圧の水素吸蔵試験装置を用いて実験を行う予定である。 さらにウランに加える金属の検討を行い、 添加合金が水素吸蔵特性に及ぼす影響を調べていくことにしている。

[8] トリチウムによる汚染とその除染に関する研究

小野 双葉, 山脇 道夫

核融合炉燃料である水素同位体のトリチウムに対して、 トリチウム取扱装置などでトリチウムガスあるいはトリチウム水蒸気の供給から回収 または廃棄までの一連の操作を行うと、 配管材料や測定機器の内壁などには必ずトリチウムの吸着(付着)が起こる。 この際、 吸着したトリチウムはガススイープあるいは真空排気などの操作では容易に脱離せず、 吸着したトリチウムの一部は表面に残る。 その結果材料などの汚染がもたらされる。 この汚染の度合は材料の種類、表面状態および取扱い時の真空度などで大きく異なる。 また、キュリーオーダー以上の取扱においては、 より深刻な問題になることは良く知られている。 吸着トリチウムによる材料の汚染やその除染、 あるいは吸着トリチウムの再放出等に関する問題は、 環境安全あるいは安全取扱上のみならず、 測定精度への影響、計量管理上からも重要である。

これまでの成果は、 日本原子力学会「FFMI研究専門委員会」報告書(一部執筆)にまとめた。 今年度からは、更に進めて、 核融合炉における燃料サイクルの中での水素吸着・吸蔵のメカニズムを FT-IR、 TG-DTA 等の分析手法や熱力学データ等を積極的に利用して、 さらに水素同位体のトラップメカニズムについて検討していく予定である。 これによって、核燃料サイクルでの水素同位体の分離・回収技術、 さらには水素貯蔵材の開発に発展させたいと考えている。

[9] Hydrogen desorption properties of hydrogenated U-Th-Zr alloys as passively safe fuel

H. Suwarno, F. Ono, K. Yamaguchi and M. Yamawaki

Hydrogen desorption properties of hydrogenated U-Th-Zr alloys of varied compositions were investigated using a hydrogen absorption-desorption experimental system, TG-DTA and DSC analyzers. Isothermal desorption of elemental ratio U:Th:Zr:H = 1:1:4:9.5, at 900 C, exhibited that there were two distinct plateau regions identified as ZrH-ZrH and ThZrH-ThZr systems. TG-DTA and DSC measurements under the temperature range from room temperature to 1000 C have shown that there were three endothermic peaks identified as dehydrogenation reactions of ZrH-ZrH and ThZrH. The DTA curve identified the first peak area as the ZrH-ZrH system, while the DSC curves identified that the second peak is the decomposition of ZrH and the third peak is the decomposition of ThZrH. It was also shown taht both ZrH and ThZrH are more stable in the alloy than the pure ones. Measured enthalpy changes during decomposition of the hydrogenated U-Th-Zr alloy are similar to the theoritical calculation. Oxidation during measurement of the U:Th:Zr:H = 2:1:6:13.1 resulted in the different measured enthalpy change and calculation. Isothermal decomposition of U:Th:Zr:H = 1:1:4:9.5 without any disintegration indicates stability of the alloy against powdering on hydriding-dehydriding cycles. Stability of the sample at high temperature similar to that of U-ZrH for TRIGA fuel can be maintained after the first decomposition.

[10] 固体電解質の仕事関数に対する雰囲気効果

柴田 実, 鈴木 敦士, 山口 憲司, 山脇 道夫

ソリッドステートの電池やセンサーに応用される固体電解質材料の開発において、 表面と雰囲気ガスの相互関係を知ることは非常に重要である。 本グループではそのために有用な高温仕事関数測定装置(高温ケルビン計)を 開発してきたが、 その測定は接触電位差法に基づく相対測定であり、 出力結果における参照電極の効果を評価する必要がある。 本研究では、イットリア(YO)安定化ジルコニア(ZrO)、 すなわち YSZ の仕事関数を高温・雰囲気組成制御下で測定した。 その結果を、 同一条件下で行った金の仕事関数測定結果やブランクテストの結果と 比較することにより、 出力結果における参照電極の成分を検出・分離する方法を提案した。 測定された YSZ の仕事関数について、 その酸素分圧依存性を定量的に評価し、 欠陥平衡に基づく理論値と良い一致を得た。

[11] 固体材料における界面現象の解明への量子化学的計算手法の適用

松浦 文生, 鈴木 敦士, 山口 憲司, 山脇 道夫

例えば、 核融合炉第一壁材料表面への不純物の吸着・脱着、偏析などによって、 水素同位体のリサイクリングや透過挙動は大きな影響を被る。 また、 固体ブランケット増殖材料からのトリチウム回収において、 スイープガス中の化学組成は、 トリチウムの放出速度や放出化学形に対して大きな影響を及ぼすことなどが わかっている。 これらに代表されるように、 核融合炉、核分裂炉といった量子エネルギーシステムの随所で、 界面現象は大きな役割を果たしている。 当研究室では、 仕事関数測定のような実験的手法を適用するとともに、 新たに量子化学的計算手法を取り入れて、 よりミクロなレベルからの現象の解明を試みている。 具体的には、 材料表面への化学種吸着、結合の可能性を調査し、 それによる電子分布/密度の変化を計算する。 あるいは、 材料に空孔等の欠陥構造を仮定し、 欠陥の導入による電子状態/バンド構造の変化を調べ、 それに基づき、 別途行っている仕事関数の測定結果等の評価を行うことにしている。

[12] TRU 核種の中性子断面積の弥生炉による測定

若林 利男, 山口 憲司, 山脇 道夫

使用済核燃料より取り出される廃棄物の中には長半減期の TRU (Np-237; 約200万年、 Am-241; 約430年、Am-243; 約7400年等)が含まれる。 高速炉はこれら核種を核反応により消滅することが可能である。 しかし、 これらTRU 核種(Np-237、Am-241、Am-243、Cm-244 等)の核断面積については、 核データライブラリー(JENDL、ENDF/B 等)間に違いがあるとともに、 その精度検証に必要な実験データも少なく、 かつ実験データ間の相違も大きいのが現状である。 このため、高速炉におけるTRU 消滅処理技術の確立には、 核断面積の精度向上(特に高速炉のエネルギー領域)が不可欠である。

本研究では、 「弥生炉」の高速中性子場において、 バック・ツー・バック(以下 BTB と略す)核分裂検出器を用いて TRU 核種の 核断面積の測定を行い、 TRU 核種の核断面積の精度向上を図ることを目的とした。 今年度は、 弥生炉用に制作したBTB 核分裂検出器を用いて、 グローリーホールにおいて Am-241 及び Am-243 の核分裂断面積の測定を行った。 また、モンテカルロコード(MVP)を用いて Np-237 の解析を行い、 実験結果との比較も行った。