3−3 理工学における研究用原子炉の役割

 

 研究炉利用の初期には、中性子の性質や中性子との反応で生ずる新しい原子核についての基礎的な研究が極めて盛んであった。核物理・核化学などと呼ばれる研究分野の専門家で研究炉のお世話にならなかった人は居ないであろう。これらの学問は大方片が付いて収束したというのが現状である。

 しかしそのような基礎研究の果実として、中性子を利用するいくつかの新しい研究分野が進展している。 表二 にそのような利用の代表的なものを示してある。中性子の利用では、 照射利用 ビーム利用 に区分されることが多い。照射利用とは、試料を原子炉の中に入れたり中性子ビームが当たる場所に置いたりして中性子を照射し、それによって起こった変化を後に測定するものを云う。ビーム利用は、原子炉から中性子をビームとして取り出して試料に照て、そこで起こる変化をオンラインで測定するものを云う。最近は原子炉から得られる熱中性子や冷中性子を中性子導管を通して導き出す技術が開発されたことによって、ビーム利用は格段の発展を遂げている。中性子ビームに関する技術はまだ発展の途上にあるので、今後更に高品質の中性子ビームが得られれば、理工学における中性子の利用にはまだ多くの可能性が開拓されると見られている。

 表二には研究の手法の名称が掲げられているので、それだけを見ると30年前といささかも変わっていないように見えるかもしれない。しかし放射化分析、中性子散乱などという手法を使って行われている研究課題は広い分野にまたがっている。例えば放射化分析は、環境科学、宇宙・地球科学、農学、生命科学、材料科学、考古学、警察科学などおよそ元素分析を必要とする領域全体で用いられている。中性子散乱は、過去「中性子回折」と呼ばれていた頃は固体物理と磁性体研究が主であったが、現在は高分子材料、溶液、タンパク質などに利用の範囲が拡大している。

 ここで表二に示されている項目の全てを説明する余裕は無いが、放射化分析についてやや詳しく見てみることにする。放射化分析は核反応によって元素に放射能を持たせ(放射化)、それを測定することによって物質中の元素を同定・定量する手法である。放射化を起こさせる粒子に何を使うかによって、中性子-、荷電粒子-、光-などを接頭語として付ける。 中性子放射化分析は物質を透過しやすい中性子を用いる。検出にはやはり物質を透過しやすいγ線を使うので、原理的に誤差の入り込む余地の少ない分析手法 である。現在超微量元素分析として誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)などのような放射線を用いない手法もあって放射化分析に競合していると云われているが、誤差の入り込む余地が少ないという放射化分析法の特質が見直されてつつある。 図3 は、化学処理を伴う分析法では、試料の汚染や処理収率が原因となって系統的に正しい値からずれる可能性があるのに比べ、放射化分析はそのような不確定さを逃れて“正確さ”の高い分析法となることを比喩的に示している。

 放射化分析法は一つの試料の中にある多くの不純物元素を同時に分析できる(超微量多元素同時分析法)とされてきたが、知りたい元素ごとに標準試料を準備しなくてはならなかったから、標準試料の準備が大変で、手間がかかり、かつ予め想定しなかった(標準を準備しなかった)元素は観測されても定量値が得られなかった。つまり真の意味で“同時法”ではなかったのである。しかしごく最近、全ての元素の放射化量を金の放射化量に対して結びつけるデータベース(k0値)が確立され、標準試料として金を準備すれば、観測された全ての元素について正確な分析値が得られるようになった(k0標準化法と呼ばれる(図4)。

 さらに、放射化分析法は照射・測定・解析の全行程を自動化することができるようになった。ここに至って、放射化分析は使われる道具として進化しつつある。

 

(以上をまとめたものがあります)

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