3-4 産業・医用利用

 これまでの研究炉を用いた基礎研究の成果の上に、医療や産業という民生部門での利用も拡大している。最も大きな利用はラジオアイソトープ生産で、医療・産業・農林水産業で利用されているラジオアイソトープのほぼ全てが研究炉またはサイクロトロンで作られている。研究炉で作られるラジオアイソトープの代表的なものを 表三 に示す。日本では相当量のRIを輸入に頼っているが、その大半は放射性医薬品である。我が国の放射性医薬品の流通量は極めて多く、米国に次ぐ世界第2位の核医学大国とされている。そこで用いられているRIの中でもTc-99mに格別注意を払う必要がある。Tc-99mは低いエネルギーのガンマ線を放出し半減期も短いので放射性医薬品として人体に投与され、骨、脳、肝臓ガンなど多くの疾患部位の診断と機能検査に使われており、医療で用いられるRIの80%程度を占めている。Tc-99mは半減期が短いのでMo-99からミルキングによって溶離して用いるが、このMo-99は国内で必要な量(約400TBq)の100%を輸入に頼っている。主たる輸入元はMo-99生産で世界で70%のシェアを誇るノーディオン社(カナダ)である( 写真があります )。この会社はMo-99生産専用の原子炉(分類上動力炉でもなく研究炉でもない、新しいタイプの原子炉利用である)を新規に二基建設しているほど力を入れている。このように海外の一部に大きく依存しているということは、、Mo-99を用いた日本の核医療がこの特定の会社の経営事情に左右される不安定さを常にはらんでいることになるので、格別の注意が必要である。事実これまでにもこの会社でストライキがあった時には、日本の医療は危機管理的な状態に陥ったことがあるという。( イラスト があります)

 

 研究炉の医療利用で忘れてならないものはホウ素熱中性子捕捉療法である。これは 図5 に示すように、腫瘍の中にホウ素化合物を注入した上で外から熱中性子を照射してやると、中性子は中まで透過して腫瘍の中のホウ素に捕まり、HeとLiの2つの粒子に分裂してその時のエネルギーで腫瘍細胞を破壊するものである。悪性脳腫瘍のように、腫瘍が入り組んで発達していて外科切除や重イオン照射などでは処置できないようなものでも、効果的に治療出来る。これは我が国で最も多く実績があり、研究炉の有効な利用法として世界的に注目されている。

 

 半導体産業では、中性子ドーピング法による高品質半導体材料の生産が行われている。これは30Si(n,γ)31Si --> 31Pという反応によってシリコン素材中にリンを注入する方法である。中性子の高い透過性のために、リンが均一に注入されるので、リン原子を熱拡散によって注入する方法よりも優れたn型半導体が生産される( イラスト があります)。この高度に実用的な原子炉の産業利用は日本の半導体産業が大口利用者であるが、実は国内で生産される量は少なく、国内の企業はわざわざ外国の研究炉に照射を発注して上顧客となり、外国のそれらの研究炉を潤わせている。似たような産業利用では、白トパーズに高速中性子を照射して美しいブルートパーズに変身させる技術がある。欧米の研究炉ではこのブルートパーズ生産で営業成績を上げているところがあるが、日本では行われていない。シリコンの中性子ドーピングやブルートパーズ生産が日本で行われにくい理由は、日本の研究炉は「設置目的」やその他の制約・規制に縛られて市場性を指向した利用を進めようという動機が発生しにくいこと、照射物の持ち出しに関する規制が厳しいこと、一般的に国内の研究炉による照射のコストは高くつくことなど幾つか挙げられる。

(以上をまとめたものがあります。)

 

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